私たちは日ごろ、からだの健康については何かと気を使っている。それが、歯の健康となるとどうだろう? 「歯磨きをしているから大丈夫。たとえムシ歯になっても治療をすれば済むこと」と、なかなか関心を示さない人が多いようだ。だが、言うまでもなく、からだの健康を守るには、バランスのとれた食事が大切。それには丈夫な歯が欠かせない。いま一度、歯の健康について見直す必要がある。
働き盛りに歯が衰え始める
歯を守るには、まず歯そのものについて知っておく必要がある。
「歯は、働き盛りの40歳ごろから衰え始める。人生80年と言われる今日、一方で、歯の寿命は大変短く、残念ながら40〜60年といったところ」。こう語るのは、日本口腔保健協会の歯科衛生士・金沢紀子さん。日ごろから歯の衛生に無関心でいれば、さらに寿命は短くなるという。
実際、日本人の歯の平均残存本数を年齢別に調べた報告があるが、それによると、50歳で5本失い、60歳で10本、70歳で17本の歯を失っているのが現状だ。 仮に歯が抜けたとしても、食べられないわけではない。だが、咀嚼力(そしゃく)(噛む力)がぐんと低下するのは確か。咬み合わせの中心となる奥歯(第1大臼歯)を一本失っただけで、35%もダウンする。全部失って総義歯(入れ歯)になると、咀嚼力は健康な歯が全部そろっているときの5分の1になってしまうという。
また、歯がなくなり噛む力が衰えると、唾液の分泌量が減って、食べ物を咀嚼する力はさらに弱まってしまう。こうなると、食べたくても食べられないものが出てくるが、「さまざまな研究結果から、どんな食べ物でもある程度おいしく咀嚼するためには、自分の歯が少なくとも20本は必要であることがわかってきた」と金沢さん。
こういったことから、「80歳で自分の歯を20本保とう」という運動が、厚生省によって提唱、推進されている。名づけて『8020(はちまるにいまる)運動』である。この数字を目標に、一生自分の歯でおいしく食べようというわけだ。
ムシ歯も歯周病もプラークが原因
歯というのは、建物の構造とよく似ている。建物に基礎となる土台があるように、歯は歯茎によって支えられている。歯のトラブルの代表格はムシ歯、そして歯周病だが、建物が破壊され崩れ落ちるのがムシ歯、土台が腐食して建物が倒壊してしまうのが歯周病、と考えればわかりやすいだろう。
ところで、ムシ歯の原因も歯周病の原因も、実は同じ歯垢(しこう)(プラーク)である。歯垢とは、口の中の細菌が食べカス(特に糖分)に取り付き、分解して作り出す物質のこと。ネバネバした糊状の物質で、歯の表面に膜のように張り付く厄介者だ。うがいなどでは落ちない。
この歯垢中の細菌が、ムシ歯の原因となる酸を出し、酸は歯の表面のエナメル質を溶かす。一方で、歯周病の原因となる毒素をまき散らし、毒素によって歯茎は炎症を起こすのである。
これまで、一般的にムシ歯は若年病、歯周病は成人病とみられていたが、最近では10代、20代の若い人にも歯周病が広がっているという。なかにはムシ歯と歯周病のダブルパンチを受けている人も。これでは、「8020」の実現は難しい。
歯を長持ちさせるには、建物と同じように、毎日の手入れと定期的な健診が必要。そういった予防策を早い時期から実行し、継続していくことが大切だ。「歯はからだの一部。からだのほかの器官と同様にいたわり、健康づくりに気を配ってほしい」と、金沢さんは言う。
歯垢が取れなければ磨けたとは言えない
では、毎日の手入れはどのようにすればよいのだろうか。
一言で言えば、「上手に歯磨きをする」ことに尽きる。
いま、日本人で歯を磨かない人はほとんどいないだろう。「歯磨きは食後に必ずやっている。何をいまさら…」と思うかもしれない。だが、横浜市の丸森歯科医院の丸森賢二院長は、次のように話す。
「磨いているけど、磨けていない人が多い。よく磨いているのにムシ歯や歯周疾患になってしまう人も少なくない。磨けていなかったからだ」。
ムシ歯や歯周病の原因が、歯垢であることはわかっている。それなら、歯磨きでこの歯垢を取り除けばいいわけだ。だが、歯垢は単なる食べカスとは違い、ネバネバした膜のような状態で歯にこびりついている物質。なんとなく磨くというやり方では取り除けない。「強く磨いたり、長く磨けばいいというものでもない。歯垢をきれいにとるには、歯ブラシの毛先部分の使い方がポイントになる。まず、歯ブラシを磨こうとする歯の面に直角に当て、次に軽い力でシャカシャカとこする。これを毛先磨きと呼んでいるが、歯垢を最も確実にしかも簡単に落とせる方法。これで、全部の歯を磨いてほしい」と、丸森院長。
歯垢退治には毛先磨きが有効
毛先磨きを効果的に行うには、次のような工夫と注意が必要だ。
1.力を入れて歯ブラシを押し付けると、毛束が開き、毛先と歯の面が直角にならない。これでは毛先が有効に働かない。軽く押し当て、直角を保つようにすること。
2.歯の表面は曲面なので、歯面を何ヵ所かに分け(一般的には3ヵ所が適当)、それぞれの場所で、歯ブラシの毛先と歯面が直角になるようにして磨く。
3.歯ブラシの毛先を全ての歯面に届かせるためには、磨こうとする場所に応じて、歯ブラシの刷毛面を使い分けるとよい。
4.奥歯の咬み合わせ面も、歯ブラシを咬み合わせ面に対して直角に当てて磨く。
「この磨き方は、磨くというより洗うと言ったほうが適切かもしれない。歯垢を洗い落とすわけだ。最初は、手間も時間もかかると思うが、繰り返し練習して、自分の歯の形や歯並びに合った洗い方を見つけ出してほしい。人に教わるより、自分で見つけ出すほうが身につきやすい。そうすれば手早くできるようになる」と、丸森院長はアドバイスする。院長自身、1日3回のブラッシングで、合計10分もかからないという。
歯ブラシ選びのポイントは、「歯面に直角に当ててこするというやり方が無理なくできる、植毛部分が小さめで、毛先が平らにそろえてあるもの。また、かたさはふつう、柄はまっすぐで単純な形がよい」ということだ。歯垢の染め出し液というのが、薬局などで市販されているが、練習の段階ではこれを使うとよい。歯垢の残りやすいところが一目瞭然。それをどうやって落とせばいいのか工夫することで、だんだん上手になっていくだろう。練習した成果を、歯科衛生士に一度チェックしてもらい、自分のやり方を完成させていくというのも1つの方法である。
甘いものが、悪さをする細菌をどんどん増やす
丸森院長は、歯の健康を守るうえで、もう1つ、日ごろから気をつけてほしいことがあると言う。それは「甘いものを控えること」。前にも触れたとおり、口の中の細菌は、糖分があるとすぐに取り付いて歯垢を作り出す。
この歯垢中の細菌が、歯や歯茎に対して悪さをするわけだが、甘いものをとれば、歯垢中の細菌が急ピッチで増えていくことになる。甘いものを少し食べては休憩、また少し食べるというのを繰り返す「ちょこちょこ食い」がいちばんよくない。細菌の繁殖にとって絶好の条件が、途切れることなく続くからだ。食べる人間にとってはちょっとだとしても、細菌にとっては大喜びの量なのである。
「歯ブラシで歯垢を取り除き、甘いものを控えれば、生涯健康な歯と歯茎を保つことができる」と、丸森院長は強調する。
また、甘いものをよくとれば、ある程度の満腹感が得られるので、必要な食品をとらなくなり、結果的に食事の栄養バランスが崩れやすくなる。バランスのとれた食事はからだの健康だけでなく、歯と歯茎の健康のためにも必要なこと。その意味からいっても、甘いものはセーブしたい。
効果的な歯磨きをマスターする一方で、食生活を見直し、改善しながら、自分の歯は自分で守り抜きたいものである。
寝たきりでも歯の治療が受けられる
寝たきりのお年寄りにとって、食事は唯一の楽しみといってもいい。だが、現実には歯の具合が悪いために、楽しみを奪われがち。治療を受けたくても受けられないという事情が背景にある。
そこで、例えば、東京都葛飾区では、葛飾区歯科医師会とともに、寝たきり老人のための専門医療システムを実施している。平成2年2月にスタート。区内に住む、原則として65歳以上の人が対象。
診療の方法は、固定診療方式と訪問診療方式の2本立て。固定方式の場合、設備の整った専門の診療所「たんぽぽ歯科診療所」で診療が行われる。通院に際しては、寝台車での送迎がある。訪問方式では、歯科医師が診療器具を持って出向き、枕元で治療が行われる。普通、この2つの方式の併用で治療が進められていく。
診療は週2回。土曜日と日曜日に、歯科医師会のメンバーが交代であたる。もともと何らかの病気を患っているお年寄りたち、通院のための移動や治療によって何か変化が起こらないとも限らないので、同時に医師も診察にあたるというから心強い。
「治療後、よく噛めるようになったとか、人とのつながりが持てたと喜ぶ声が多い」と、歯科医師会の小松孝至専務理事。社会との接点がないお年寄りだけに、診療を受けることが、そうしたチャンスとなっているようだ。 |