夜中に胸が「ドキ、ドキ」して、妙な胸騒ぎに襲われることがある。「もしかしたら心臓が悪くて、このまま止まってしまうのではないか」という不安に、夜明けまでまんじりともできない。これが不整脈だ。不整脈は心筋梗塞や弁膜症などの心臓病とは異なり、一時的で、起きても間もなく消えてしまいやすく、病的な意味合いが薄い場合も多いので、特別心配する必要はない。しかし、なかには生命にかかわるものもあるので、不整脈が現れたら、それがどんな不整脈なのか、心臓そのものに異常がないかどうか、専門医の診断を仰ぐ必要がある。
脈が起こる仕組み
そもそも脈は、右心房の洞結節というところで発生した電気刺激が刺激伝導系を通って心室に伝えられ、心室筋全体を興奮させて収縮させることによって起こる。したがって、脈拍数というのは、洞結節からの電気刺激の発生頻度ということになる。
もし、何らかの理由で洞結節から電気刺激が発生しなくなると、少し遅れて、心房と心室の間にある房室結節で電気刺激が発生し、心臓を動かす。これもうまくいかない場合には、心室の刺激伝導系の一部から電気刺激が発生して心臓を動かす。
このように、心臓には、何らかの異常が起きてもいきなり心停止(心臓が止まる)が起きないように、二重、三重にカバーできるシステムが整っており、脈は規則的に繰り返される。ところが、心臓に病変が発生すると、こうしたシステムが正常に作動しなくなり、脈が不規則になったり、異常に遅く、あるいは速くなったりといった不整脈が起こるのだ。
危険な不整脈
洞結節で発生した電気刺激が心臓全体に伝わって収縮させたときに発生する正常な心拍を洞調律と言い、一般に1分間に70拍前後とされる。これに対して、正規のルートをたどらずに起こった心拍を不整脈と言う。不整脈にはいろいろな種類があるが、大きく、@脈がゆっくりになる(徐脈)、A脈が速くなる(頻脈)、B脈が飛ぶ、という3つのグループに分けられる。「危険なのは、もともと心臓病がある人で1時間に10回以上脈が飛ぶ場合だ」と、岡山大学循環器内科の大江透教授は言う。これは、心筋梗塞後の不整脈の危険度を統計学的に求めたもので、1時間に10回以上、1日に240回以上脈が飛ぶ場合、生命予後が悪く、逆に1時間に1回以下の場合は心配がないというもの。現在ではほとんどの医師がこの分類に従っているという。「脈の飛ぶ回数が多ければ多いほど危険性が高いと言えるが、それが怖いものかどうかは、心臓病が原因なのかどうかということにかかっている。また、心臓病があっても、不整脈がどのタイプなのかによって、危険かどうかが分かれる。このあたりの判断は医師にゆだねること。体調が悪いときに脈の乱れがあったら、医師に診断してもらうことが大切だ」と、大江教授は話している。
高齢者の不整脈
加齢とともに、心臓の働きが衰えてくるのは避けられない。足腰の筋力が低下するように、心筋にも衰えが生じるからだ。それに伴って、一般には脈も若いころよりは遅くなる。
高齢者に最も多い不整脈は上室性期外収縮という頻脈性(脈が速くなる)不整脈だ。東京大学老人科の大内尉義教授によると、上室性期外収縮は心室性期外収縮に比べて突然死などの恐れはほとんどないが、心房細動になりやすいという点で問題がある。心房細動が固定すると、脳血栓を起こす頻度は普通の5〜6倍。固定しなくても、洞調律に戻ったり心房細動になったりを繰り返す過程で、心房内の血栓が脳に飛んで脳血栓を起こすことがあるため、とても危険だという。
また、大内教授は「弁膜症や甲状腺機能亢進症があると心房細動になりやすいので、もし心房細動があれば、きちんと検査する必要がある」と、注意を呼びかけている。
心房細動になれば心臓が頻繁に収縮するため、階段を昇ったときなどに動悸や息切れといった自覚症状が現れる。しかし、ほとんど無症状というのが上室性期外収縮の特徴。風邪をひいたり血圧が高くて調子が悪いというときに医師に診てもらい、たまたま発見されるというのがほとんどだという。「よほど脈が速くならない限りほとんど症状がなく、日常生活にも支障がないので見過ごされがちだが、脳血栓の危険性が高くなるという点では恐ろしい。ちょっと風邪をひいただけでも、高齢者の場合はきちんと医師を受診すること。また、健康診断も定期的に受けてほしい」と、大内教授は強調する。
高齢者に多いもう1つの不整脈は、房室ブロックと言われる徐脈性(脈が遅くなる)不整脈で、洞結節から出た刺激が刺激伝導系を経て心室に伝えられるという働き(房室伝導)が衰えてきたときに起こる。高齢者の場合、背景となる心臓病がなくても、老化現象の1つとして刺激伝導系の細胞が減って線維化することが、房室ブロックを起こす原因の1つと考えられている。
房室ブロックには、重症度1度から3度まである。1度の段階では電気の伝わり方が多少悪いというくらいで、ほとんど症状がなく、治療の対象にならない。2度では、脈が抜けるということが起きてくるため、定期的な受診と治療が必要になる。
問題なのは、重症度が最も重い3度の房室ブロック。脈は1分間に40拍程度に落ち込み、動くと息切れがして満足に日常生活が送れなくなる。完全房室ブロックと言って、心房で作られた刺激が心室に伝わらなくなるのである。
こういう場合でも、普通は心室の刺激伝導系で代わりに電気刺激が作られるが、それができないと拍動が止まって脳へ流れる血液が急激に減少してしまう。「このまま心停止になることもあるが、その頻度は非常に少なく、たいていは心室が働いてくれる。ところが、この状態が7〜8秒間続くと失神発作を起こして意識を失い、事故につながるため非常に危険だ」と、大内教授。特に、入浴中や自動車の運転時に失神発作を起こして死亡する事故が多いという。
人工ペースメーカーの進歩
心臓が「自然のペースメーカー」だとすれば、それに代わって人工的に微小な電気刺激を心臓に与え脈拍数をコントロールするのが人工の「心臓ペースメーカー」だ。植え込み手術は局所麻酔だけで1〜2時間で済み、その後は電池がなくなるまで決められた頻度で電気刺激を心臓に与え、心臓を収縮させる。特に、最近のペースメーカーは、からだの動きなどから運動の強度を感知して、電気刺激を発生させる頻度を変えられるものまで登場した。また、自然な電気刺激が回復して人工的な刺激が不要になればペースメーカーは休むので、生理的な刺激と人工的な刺激が競り合うこともない。
初期のペースメーカーは水銀電池を利用していたため寿命が1〜2年だったが、最近ではリチウム電池に代わって7〜8年と伸び、寿命が来ても本体のバッテリーを交換するだけで済むというのも、近年のテクノロジーの進歩に負うところが大である。「ペースメーカーがないころは、徐脈性の不整脈で1分間に40拍以下になると、ほとんどの人が亡くなってしまうという惨憺たる状況だった。が、ペースメーカーが開発されてからは、しっかり診断さえすれば、徐脈で死ぬことはなくなった。その意味では、人間は徐脈を克服したと言える」と、大江教授は強調する。
しかし、ペースメーカーは磁気に弱い。そのため、強力な磁石を近づけたり、自動車工場でバッテリーを動かすことなどは避けなければならない。また、落雷に遭うことも問題になる。が、それ以外は、運動も含め、日常生活は健康な人と同じように送れるという。
不整脈の予防
不整脈があっても、背後に心臓病などがない限り、あまり危険性はない。が、急激なストレスが加われば、普段おとなしくしていた心臓が突然暴れだして、死につながらないとも限らない。心臓はそれだけデリケートだということだ。
大江教授は、「不整脈は何らかの病気の現れ。危険を予知するためのマーカーとして、普段から脈に関心を持つことは大切だ。慢性的な病気をつくらないことはもちろん重要だが、もし何かの病気を持っていても、過労やたばこの吸い過ぎなどの急激なストレスさえ避ければ、何事もなく長生きできる。ダイナマイトを持っていてもマッチを近づけなければよいというふうに考えてほしい」と話す。
一方、大内教授は、「虚血性心疾患や動脈硬化があると、不整脈を起こす可能性が高い。その意味で、動脈硬化の予防は不整脈の予防にもつながる。また、高齢者数の増加に伴って、心筋梗塞や脳梗塞が増えるだろう。特に脳梗塞は、寝たきりや痴呆につながるだけに、注意が必要だ。その意味からも、不整脈で医師に生活指導や薬物投与を受けている場合は、きちんと指示に従ってほしい」と、強調している。
不整脈に限らないが、何かの薬を飲んでいる場合には、それが何という薬で、どんな作用があるのかをきちんと認識する必要がある。そうすることは、薬の飲み忘れや乱用、副作用などを防ぎ、体調を安定させることにつながる。特に、循環器系の薬については、こうした対応が重要だ。それとともに、できれば薬に頼らない生活、健康な生活を送るために、日ごろから自分の脈にもう少し関心を向けたいものである。 |